現実にはまったく逆の都市政策をとってきた。はじめから規制がきわめて緩く、しかも見直しのたびにさらに緩められるという繰り返しだった。地価が基本的に上昇を続けるシステムが、国策として日本の都市計画に組み込まれているのだ。ふたたび東京を例にとって検証してみよう。都市計画法が全面的に改正されて新法として発効したのは一九六八年だったが、さまざまな準備作業をへて新法のもとで容積率を指定したのは一九七三年である。
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当初、東京都は容積率の指定にあたって「東京の均衡のとれた発展」を旗印に、「建物床面積と道路交通能力」など、都市施設の需要と供給のバランスをとる方針をとった。つまり、オフィスなどの増加と道路などの増加が同じ程度に伸びていくように考えたわけだ。オフィス・ビルが増えても、道路がそれにつれて増えなければ、交通は渋滞し、都市はその機能を果たせなくなる。それは一つの合理的な基準だった。